愛器達

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02 /13 2016
我が愛器 フリッツ・ミュラー

良い楽器はタッチがよくないと本質を出すことができません。
楽器が教えてくれるのですよね。
もっと良さを引き出せると思います。
youtubeじゃ楽器のほんとの良さはわからないし、所有して長い間使ってみた人にしかわからないものだと思いますね。
硬質だとか乾いてるとか、評判も耳にしたことがありますが、実際は違うと思います。
心を、揺さぶる楽器であると感じます。



そしてグレッグ・スモールマンもやっぱり化け物。ほんとに凄いですよ。シャリシャリっとしか高音しか鳴らせないのはタッチに問題または相性の問題があるのかもしれません。
スモールマンは
弾きますよね?
そうすると勝手に歌ってくれるんです。そして僕のは希少な81年製、音が練れていてほんと素晴らしいと感じます。

今日の師匠のレッスン

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02 /13 2016
今日の師匠のレッスン、深くて音楽的な揺らし 本当に目からウロコのレッスンでした。
バリオスってこんなに魅力的なんだって、気づかされました。
決して音数が多いわけじゃないのになぜにあそこまで魅力的にオーケストラのように聞かせることができるのだろうか、凄すぎる。
バリオス 偉大な作曲家だと思う。
ベースラインの進行やタッチによる音量コントロールとフレージングなどなど
充実したレッスンでした。
よしっ頑張るぞ!師匠からもっともっと音楽表現を盗みたい。貪欲に。
叶わない夢はない、貪欲に、とにかく貪欲に。意欲的にやろう。

6月にはまたジョイントリサイタルがあります、そこでは皆さまに少しでも伝わるような音楽ができるように、精進してまいります。

弦替え

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02 /07 2016
弦替えたんで
とっても豊かな音色がしてて気持ちよかったです。

小規模すぎる会場に思う

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02 /05 2016
最近のギターは演奏家の欲求に応えるように、よく鳴るようになりました。DT,Latticeそれからそのほか、しかり。
伝統楽器(modern instruments)の繊細で美しい響きと歴史的響きを堪能するにはいいかもしれませんが、現代の楽器(contemporary instruments )の響きを堪能するには小さな会場ではもったいないと感じます。
鳴りすぎ(会場規模が小さいためわんわんとエコーがかかりすぎているような響き)になってしまってはせっかくの素晴らしい響きの本質を味わうことができないように私は感じます。
ですので狭すぎる、いわゆるサロンのような会場では、もったいないと感じるのです。
素晴らしい演奏家は楽器だけでなく腕も素晴らしくピアノに近い次元で(決してピアノの響きと同義ではない) 豊かな響きを奏でますね。
そうなると小さな会場では大変もったいない、楽器や奏者の腕を十分に堪能できないように思えてなりません。
小さな会場は演奏会をするプレーヤーにとっては気持ちがよいのかもしれない、しかし聴衆にとっては仮に素晴らしい演奏をされていてももっと大きな会場で聴きたいという願望にかられます。

好きな演奏家を挙げるなら

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02 /04 2016
中峰秀雄 は当然として

ヤン・シェフェイ
ホルヘ・ルイス・サモラ
ザビエル・ジャラ
フローリアン・ラルース
ステファン・シュミット(10弦DTのバッハ)
※DTとはダブルトップの略語
最近正式な高音質音源を入手しました。素晴らしいの一言です。うねるような立体的音楽、繊細な強弱の音色コントロールでバッハを異次元のレベルで、聞かせてくれます。 決して作為的に感じ、自然に音楽が流れる。うねるように。
これはピアニストのグルダによるベートーベン ピアノソナタ全集を聴いたとき以来の衝撃でした。

少ないですが今まで特に感銘を受けた演奏家達です。
残念ながらヤン・シェフェイとステファン・シュミットは生で演奏を、聴けていませんので想像の域です。生演奏を聴けていないのは大変に残念です。
しかし、両者の音楽が好きですし素晴らしいことは想像できます。

ヤン・シェフェイの豊かでチェロのような野太い響きは生で聴いていないので想像ですが素晴らしいに間違いありません。
人によってはスモールマンをバンジョーのような音だと酷評する人がいますが、決して僕はそう思いません。弾き方なんです。ガブリエル・ビアンコやジュディカエル・ペロワは豊かで素晴らしい響きですね。
サモラについてはマスタークラスを2度受講しており、その音圧、生き生きとしたリズム・ビート感が素晴らしいと思いました。コンサートホールでの客席で聴いた生音は伸びやかで音の密度がぎっしりつまったものでした。甘いというより密度の濃い発音のしっかりしたサウンドでした。
ザビエルやフローリアンについては知っている方なら言うまでもなく素晴らしいです。 美しい音色と音楽が人々を魅了します。天使の響き、まさにその通りです。
東京国際ギターコンクール優勝者リサイタルでは彼の愛器フランスのウーゴ・キュビリエではなく、スポンサーであるヤマハの楽器を使うとの予定と雑誌で読みました。少し残念ではあります。彼にはウーゴで弾いてほしいと願うばかりです。

同列に語ることは絶対できないはずだ

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02 /03 2016
世界的名工 マティアス・ダマン は巨匠ラッセル、バルエコ、テナントなど…によって実際に多くのコンサートステージで使われ多くの聴衆を魅了し、名声を極めました。
我が師匠 中峰秀雄もステージでその楽器としての並外れた圧倒的クオリティを実際にステージで示し聴衆を魅了してきました。東京文化会館での弦楽四重奏との共演での凄まじさはその場に居た人間にしかわからない別次元のものでした。師匠だからとか、身内贔屓なしに。
動画では完全にはわかりません、あの凄さは伝えきれません。
動画と、本物は全くの別物ですから。
すごい音圧と迫力、大胆な表現、躍動するビート感。
忘れることのできない、名演です。
最初に聴いたときだってダマンが世界的ブランドなどと知らずに
単純に聴いて、そして心を深くとらえたのです。

しかし、昨今 安価なダブルトップギターが出回っています。材の大量仕入れ??、独自ルート??、豊富で良質な材のストック??などから大量生産を可能にし、設備も豊富な資金源から充実?、(そして良いか悪いかは個々人の耳の判断で決まるものでありますし、独自のシークレット技術もあるのでしょう。)
こういったことが安価で良質なギターの、供給に繋がっていることも、理解できます。
そしてその音質、好みはともかく、一定水準を超えたものであることは私も聴けばすぐに理解できます。
誤解なく、
今まで聴いてきてその楽器のレベルはもちろん理解しております。少なくとも価格からしたら間違いなく一定水準を、超えていてレベルは高いと言えるでしょう。音の立ち上がりの速さ、音量、操作性など感じました。

しかし… 何かが足りなく感じてしまうのはなぜでしょう?? 僕の耳が悪いと言われたらそれまでですが…

果たしてダマンとそういったギターを同列に並べることができる根拠はどこにあるのだろうか疑問です。
演奏家には契約もあるでしょうが、もし最高の楽器ならば、多くの第一線級のギタリストがメイン楽器としてすでにコンサートで積極的に採用しているでしょう。世界的コンクールをその楽器を使って制しているのでしょうか?名だたる多くの演奏家による演奏会が聴衆を魅了しましたか? そのギターで録音されたCDが多くの人々を魅了しましたか?知識不足なら教えてください。
これから???
私は海外のインターネットサイトの製作家のフォーラムをよく英文で読みますが少なくとも
私の調べた限りでは名前すら出てこなかった。動画サイト(本物とは違う前提)で聴いた限りでも、一つの動画を除き、良いと思えたものがありません。

もちろん好みもあるでしょうが、私は少なくともこういったギターを聴いて心を奪われたことが申し訳ないが一度もありません。

いや他の人達がいい楽器だと言うから、、、一度は心奪われてみたいという願望はあったけど、でも残念ながら未だにありません。
どう努力しても好きにはなれていないのが現状です。
何か人間的な木の温もりをサウンドから感じとれないのです。 僕の好みからは程遠いのです。チェロのように深く歌うような僕の好みの響きではなかった。

もし、これを読んで気を悪くされる方がいらっしゃったら大変申し訳ありません。しかし私には少なくとも、その良さが理解できないのが現状です。

ギターを販売する(バイヤー様)側に、演奏する人の音に対する思い、好みがどこまでわかるのでしょうか? もちろん人によって差異はあるでしょう。たくさんの楽器を扱い耳が肥えておりよく理解なさっている方もいらっしゃるでしょう。

どうして楽器に使われる材質が良ければ それ=良い楽器 であると証明できるのでしょうか?
材の選定において、どの組み合わせがどう自分の製作する楽器に作用してどう響くのかを名工は瞬時に経験的感覚から見抜いているのではないでしょうか? そして幾度となく試行錯誤を繰り返していく。

楽器は、手作り、職人の経験、試行錯誤、技術の結晶ではないでしょうか?そこには見えないマジックが存在するように思えますし科学的にどう解明できるのでしょうか?
ストラディバリウスがいくら研究しても全く同じものが作られないように楽器製作家の、 “匠の” 、マジックが存在するように思えます。
これは好みの問題といったらそれで終わりかもしれないですが何となく僕の言いたいことをわかっていただける方もいらっしゃると思います。

少なくとも手工楽器は1本、1本 手作りで丁寧に職人の魂をこめて、作られるべきものではないのでしょうか。マジックを、こめて。

また
世界的な演奏家が使っている=凄い と決めつけることも少し危険なことであると私は思います。 あくまで自分の耳で判断すべきものであり、それが理想と考えます。

音は
好きか、嫌いか
その世界なのだと思います。







大手文明

 

クラシックギタリスト
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